ちょっとレトロな雰囲気のするレンガ造りの外観同様に、
その内部もまた、あちこちが近代建築風、ハイカラモダンなビルヂングであり。
エレベータもアコーディオンの蛇腹の骨組みのようなカーテンゲイト風の扉だったりするし、
今時には古風なPタイルの敷かれた廊下といい、
各テナントの玄関にあたる入り口のドアがノブ式で、
摺り硝子の小窓が嵌まった木製の扉だったりするところといい、
いっそ博物館に文化財認定してもらって保存した方がよさそうな物件かも知れぬ。
しかも古い物はおおむね頑丈でもあって、
今時の白物家電は10年もったら電器屋さんからビックリされるが、
昔の冷蔵庫や洗濯機は重厚で結構長持ちし、親子二代で使い継げたものである
…じゃあなくて。
こちらのビルヂングも、時折四階の武装探偵社へ
襲撃という格好で銃器を携えた物騒な訪問客らが押し掛けるものの、
窓ガラスが弾けて事務机や棚、壁などを銃弾が掠めるものの、
機関銃の掃射が浴びせられても骨格的なところはちいとも揺るがず。
中に居合わせた社員の皆様がそれは事務的に応対して叩き伏せ、
それはちょっと不法投棄にあたるかも知れないが、
おおむね窓からポイポイと抛って、もとえ、
強引ながらお帰り頂くところまでという荒事一幕にも
各所基礎部分は微塵もたわまないから、
基本を大事に、丁寧に作られた古いものって素敵だなぁ…。
“そういう方向で感心しますか…。”
前口上がついつい長引いているうちに、
今日もお元気に溌剌と、勤め先であるこのビルへ到着していた虎の少年、
探偵社のドアを開け、もっと早くに来ていた賢治くんや谷崎さんへ
おはようございますとご挨拶の声を掛けておれば。
“…あれ?”
非合法な情報屋の身柄確保騒動から数えれば、3日ぶりの探偵社であり。
自分と同じく“有給”を堪能した彼の人が、何と始業時間に社に居たのが敦には大層意外で。
「太宰さん、おはようございます。」
他の社員の皆さんへの挨拶のあと、
お隣の席でもあるそのお人への挨拶を述べれば、
「あ、おはよう。敦くん。」
遅刻常習犯で、始業前に居たためしがない困ったお人、
荒事担当、実働組の太宰さんが朗らかに返事をしてくださる。
銀幕のスタアだと言っても通る、端正美麗な風貌をした男性で、
砂色の長外套、ちょっと着崩してもそれはよく映えるほどに、
背も高ければ程よく精悍で、行儀のいい立ち居がいちいち絵になり、
ぼさぼさと伸ばした蓬髪がお顔へ微妙な影を生み、
ふとした拍子、ちょっぴり寂寥感を含んで影のある雰囲気を見せるのが何とも印象的。
たまたま居合わせた妙齢のご婦人が
そんな憂いへ胸を衝かれては視線を奪われたままになってしまう、
それはそれは罪作りな美丈夫で。
見栄えの素晴らしさのみならず、
やる気になりさえすれば、頭も切れるし活劇も鮮やかにこなし、
素晴らしく活躍できるスペックをそりゃあ数々と持ちながら。
何てことのない平穏な日々においては、
怠惰の権化と化してしまうなかなかに残念な人でもあるから、
実は神様って案外と公平なのかも知れない。(…罰当たりな)
そんなまで個性的な先輩の太宰さんだが、
明らかに敦くんの出社を待っていたらしく、ぱあっと弾けた笑顔が何とも判りやすい反応で。
席に着くのをワクワクと待ち、手元に支えていた携帯端末を“ねえねえ”とこちらへ向け、
「ほら、可愛いでしょうvv」
見せてくれたのは、液晶画面へ呼び出されていた黒髪色白な幼子の静画。
襟元に白いリボンタイが花のようにひらり開いているブラウスなのは常と同じな印象で、
七分丈のニッカポッカのようなツィードのズボンに、
足元にはアーガイル柄のハイソックスを履き、
細い細い肩を覆って こげ茶の温かそうな手編み風カーディガンを羽織っている。
見覚えのあるソファーにちょこりと座り、
微妙にどぎまぎした様子でこちらを向いているのは、
先だっての騒動でうっかりと“歳が遡ってしまう異能”を受けてしまった、
ポートマフィア組の片割れ、芥川くんに違いなく。
「わ、可愛いですね。」
普段はどちらかといや尊大、もとえ、
冷徹なまでに冴えた表情に威容を孕ませ、
強靱な自負をたたえたお顔でいる青年なだけに、
どこかおどおどして頼りなさげに見えなくもない様子なのが、
敦にはちょっとばかり意外で。
思わぬ成り行きから幼い肢体になってしまったあの事態、
過酷な乱闘や死闘に身を置き、
常に緊張感にさらされているよな彼としては、
さぞや心許なかったであろうが、
「ほら、これなんて♪」
「あ、これはvv」
おやつなのだろ、メロンパンを両手で抱えている図だったが、
デフォルメされた亀の甲羅みたいにふっくら丸々したパンがやたら大きく、
噛みついているらしい口許が隠れるどころか、目許しか見えてはないくらい。
「いつもならこんな事態にはならないんだけれどね。」
「そうか、芥川があまりに小さくなったんで。」
そっかぁと感心した敦の言に、そうそうと太宰も楽しそうに微笑って、
「普段でもこれ1つでお腹いっぱいになるところ、半分しか食べられなくって。」
あと、着ているものも子供服なものだから、
高いところも羅生門で届くと思ったらしいのが、微妙に足りないというシーンが結構あったそうで。
「戸棚の前で私に気づかれないようにって
こっそりぴょんぴょんと跳ねるのがまた可愛くって〜vv」
裏社会にこの人ありと言われたはずの黒い人とは思えぬ悶えよう、
もうもうどうしてくれようかというノリで “かぅわい〜いvv”と、
愛し子への萌え、女子高生のような身振り付きで思い起こしておいでの彼で。
“そっか。太宰さんと二人きりだったんだものなぁ。”
それもあっての含羞みっぷり、
何て嫋やかで愛らしいことかを主張したいらしい
太宰の意図にもすぐに気づいた。だって、
「太宰さんも、ちゃんとした子供服を用意したんですね。」
パジャマもシンプルなアイボリーの無地ながら、
ドレープをたっぷりとったロングワンピ風のそれだったし、
日が変わればお着替えもしたらしく、
近所を散策したのだろう、
丸襟のブラウスシャツにタータンチェックのベストスーツが、
色づきかけた木立の中でなかなかに決まっておいで。
欧州のお貴族の子息ででもあるかのような、
格調高い気風を匂わす衣紋は、寸法もぴたりと合っていて、
到底、安価な若しくはレンタルの、間に合わせのそれには見えぬ馴染みようで。
「勿論だよ。たった2日でも不自由させてなるものかと思ってね。」
日頃からも可愛がっている対象、それがこうまで愛くるしい姿になったからにはと、
その姿に相応しい衣装を揃えてまとわせた太宰の心境はようよう判る敦であり。
とはいえ、
あのまま本拠に戻ったら、子供好きな首領やお姉さん幹部から着せ替え人形扱いされるが、
果たしてどっちが良いかと例に挙げたもう片やの状況と、
微妙にかぶっているかもしれないと感じるのは……果たして単なる気のせいだろか?(笑)
「ジャージやパーカーなんて中途半端な格好させるのは
確かに勿体ないですよね、うん。」
ほんの1日2日のことだのに、何故だかそこらの廉売品では勿体ない気がした。
コーデュネイトだのファッションだの、洒落っけを優先したかったのではなく、
幼子に戻ってしまった彼の人の姿は、
半端な装い、間に合わせをあてがうだなんてとんでもないと思わせるほど、
そりゃあもうもう視覚からとろかされてしまいそうになったほどに愛らしくって。
自然と “半端な格好なぞさせてはいかん”と、
そうしなきゃあと拳をぐっと握ってしまうほど強く思わされたまでのこと。
なので、お給料を前借りしてでも奮発しますと言い出した敦くんだったのへ。
しょうがねぇなぁと、幼子には似つかわしくない吐息をついて ふふと笑うと、
小さくなった手には大きすぎるブツと化した長財布を差し出し、
『こっから つかえ。』
数日で着れなくなったらなったで、部下の子持ちへ譲ってもいいんだしと。
幼くなってもどっちが保護者だかという
至って男前な対処を取ってくれた中也さんだったの、
敦もまたくすぐったげな苦笑交じりに思い出す。
to be continued. (17.11.21.〜)
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*お子さんになっても男前だった中也さんを
ちょみっと書きたくなりましたvv

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